ある朝、新聞を広げたら、はるか昔のボーイフレンドの二十センチ大の顔写真に遭遇してしまった。新進気鋭の実業家として、二面に亘る大特集だ。顔のアップでこの大きさだと、ほとんど等身大の顔に対面したみたい。びっくりして、あわてて新聞を閉じてしまった。どきどきしながら、おそるおそる新聞を開くと、懐かしい名前が胸に染みた。二十二年ぶりである。
 ふと、学生だった自分のこんなセリフを思い出した。「二十五歳のあなたはとても素敵だけれど、四十五歳のあなたはもっと素敵だと思うわ」彼の笑顔は、オトナの男の魅力に溢れていて、この予言の通りだった。さすがに、私の男友達の中でダントツの出世頭である。
 この彼が、他の誰とも違っていたことがある。一度として「忙しいから逢えない」と言ったことがないのだ。付き合い始めて最初の二年、彼は修士課程の学生だった。教官に絶賛されたタフな修士論文だったが、それをまとめる姿を私に見せたことがない。あんなに自由にデートしながら、どこにそんな時間があったのかしら?
 その後も、バブル期のサラリーマンとして出世街道を駆け上りながら、やはり「忙しいから」なんて根を上げたことは一度もなかったのである。
 今思えば、優先順位を間違わない男だったとつくづく思う。心のために必要な時間をまず確保する。次に緊急時のための余裕を確保する。仕事のスケジュールを埋めていくのはその次だ。仕事のオファーなんて、本当にこちらを必要としているのなら二~三日延ばしたって問題はない。彼は、そのことを若い頃からよく知っていた。
 可能性未知数の若い男の子に恋をして、彼が仕上がりのいいオトナの男になるかどうか知りたかったら、「忙しいから逢えない」を連発していないかどうか観察すればいい。
 もしも「忙しい」彼なら、今日からちゃんと言おうね。「忙しいから逢えないなんてカッコワルイこと言ってると、大きな仕事できないわよ。四の五の言ってないで私と逢いなさい」自分が逢いたいから、言ってるんじゃないのである。そこのところ、今どきの若い男にわかるかなぁ?
 ちなみに、今現在の私の大好きなひとは、「忙しい」を連発するオトナの男である。ここ2ヶ月余り、私の顔をまともに見ていない。だから、ビジネスもいまいちなのだ(ふん)。
 昔のBFの新聞記事に遭遇した日、多忙を言い募る彼に、「今のあなたは、どんなビジネス案件より、私に逢うべきよ。私はあげまんなんだから」とメールしたら、「よく言うよな。しょってるなぁ」と返事があった。 「ほんとよね。他にあげまんの『臨床例』があるわけじゃないのに」って返したら、なぜかわからないけど「急に時間が出来て」逢いにやってきた。
 男心はよくわからないけど、ときには毅然と言ってやるのもいいみたい。コツは、「逢いたいわ」じゃなくて、「逢うべきよ」である。男性脳は、与えられた使命を果たすように動いてしまうカワイイ脳だ。あなたの愛する男性脳も、つい「言うことを聞いてしまう」かもしれない。健闘を祈ります。

(パッシ創刊号、2003年9月掲載)

← 戻る

Copyright©2003-2018   IHOKO KUROKAWA All Right Reserved.